東京大仏 乗蓮寺
とうきょうだいぶつ じょうれんじ
東京大仏の鎮座する乗蓮寺は東京23区の西北端、板橋区赤塚の地にある浄土宗の寺院です。開創は室町時代の応永年間(1394~1428)といわれ、開山は英蓮社了賢無的(えいれんじゃりょうけんむてき)和尚です。もとは江戸四宿の一つである中山道の板橋宿にあり、天保年間(1830〜44)に発刊された『江戸名所図会』にも掲載されています。
「お閻魔様の寺」として知られ、また徳川吉宗公が「お鷹狩り」の際に立ち寄られるなど歴代将軍の「御休処」となっていました。ところが昭和40年代に首都高速道路5号線建設のため移転を余儀なくされ、その際「板橋信濃守」の墓所であったことから同区内に代替地を求めることになり、武蔵野の自然の残るこの地が選ばれました。
東京大仏の建立を発願したのは第24世住職の若林隆道(りゅうどう)上人です。上人は大正12年(1923)9月1日の「関東大震災」と、昭和20年(1945)3月10日の「東京大空襲」とを実際に体験された方で、それらの犠牲者を供養するとともに、そうした「天災」や「戦災」が二度と起きないようにとの強い願いが込められました。昭和52年(1977)に開眼された東京大仏は、人々を苦しみのない世界「極楽」に救いとってくださる阿弥陀如来で、基壇からの高さが13m、頭部だけで3m。重さは32tです。建立当時は東大寺の「奈良の大仏」、高徳院の「鎌倉の大仏」に次いで、日本で3番目の大きさでした。
赤塚城二の丸跡の小高い丘にある境内は深い緑に包まれています。春の桜をはじめ夏の花蓮など四季折々の花に彩られ、近隣の人々の憩いの場になっています。
仁王門。ブビンガの一枚板に徳川家の三つ葉葵の紋が彫り込まれた門扉がみごとです。
優しい眼差しのご本尊の阿弥陀如来は春日仏師の作風を伝え、安土桃山時代の作といわれています。
大正2〜9年(1913〜1918)に乗蓮寺の住職を務め「尊者」の称号で人々の尊崇を集めた山﨑辨榮(やまさきべんねい/1859〜1920)上人の名号塔。令和元年(2019)の百回忌に新たに建立されました。
中門。一部に江戸時代の部材がそのまま残る典型的な四足門。かつては徳川将軍の御成門でした。
「がまんの鬼(天邪鬼)」。板橋区の登録有形文化財「旧藤堂家染井屋敷石造物」の一つ。このほか「鉄拐仙人」「奪衣婆」「恵比寿」「大黒」「文殊菩薩」「布袋尊」「役行者(小角)」など計8点のユニークな石像が境内に点在しています。
江戸中期の作と伝わる閻魔大王と奪衣婆。かつては毎年1月と7月16日の「藪入り」に縁日が立ち、サーカス小屋がかかるなど街道随一の賑わいを見せていました。
乗蓮寺第26世住職の若林隆壽さん(親交のあったイラストレーターの和田誠さん画)。若林さんは裏千家業躰の戸田即日庵・戸田宗安名誉教授の直門で、ご自身も裏千家茶道教授(茶名:宗壽)を拝命されておられます。平成17年(2005)に青年部に所属しながら淡交会東京第二東支部の支部長に就任されるなど、若いときから裏千家茶道に親しんでこられました。
平成22年(2010)靖國神社裏千家家元献茶式奉賛茶会。洗心亭で濃茶席の席主を務められました。お点前は奥様の宗正さん。
平成30年(2018)宗家初釜式では大宗匠のご指名により正客を務められました。
所在地 | 東京都板橋区赤塚5-28-3 |
TEL | 03-3975-3325 |
FAX | 03-3975-5969 |
開門時間 | 9:00〜16:00(最終入門は15:45) |
アクセス | 東武東上線「成増駅」北口からバス13分、「赤塚八丁目」下車、徒歩5分 地下鉄都営三田線「高島平駅」西口からタクシー10分 |